WB金融経済研究所


WB金融経済研究所 <活動報告001> PDF版(146KB)

平成22年11月8日

 当研究所は、去る4月7日東京都庁から認証を受けてから、定款記載のとおりの調査活動等を行ってきているが、実際に活動を始めた5月1日以降10月31日までの6ヶ月間の調査の結果をとりまとめたところ、次のとおり。


(まえがき)
 わが国の経済は2006年一時バブル崩壊後の不況をようやく脱したかに見えたが、2008年9月の米証券会社リーマン・ブラザーズの倒産に象徴される金融危機を契機として再び低迷に陥り、2010年10月末現在そこから脱し得ていない。
 返りみるとそもそも2002年当時からのプラス成長も米国、ヨーロッパなどの先進国と中国、東南アジアなどの新興国の好調な経済に支えられての輸出の伸張とそれに伴う設備投資の増加によってもたらされたものであり、国内の経済の立ち直りによるものではなかった。そのため、輸出相手国の経済状況が不振に陥れば、わが国経済は全体として直ちにその影響を受けて、再び不況に落ち込んでしまったわけである。
 今後の見通しを得るために、米中両国を中心とする国際的環境に関する情報収集に努めてきたが、それらを踏え、わが国の取るべき方策を考えると、概要は次のとおりとなる。

1. 米国
(1)  2008年夏以降の金融危機で多額の不良債権を抱えた金融機関の救済は、政府の思い切った措置によって奏功したが、その原因となったサブプライム住宅ローンの問題は今も完全な解決に至っていない。住宅の差し押さえは依然として後を絶たず、住宅取引や住宅建設には時に良い数字が見られるものの、住宅価格は低迷したままである。
(2)  今回の金融危機は、これまで長く続いてきた借金による過剰消費という個人家計の体質や意識に強い反省を促し、企業の常に強気な経営態度にもかなりの動揺を与えたが、この心理面の後退の影響は今後も永続すると見られる。
(3)  特に金融危機への反省から実施されようとしている金融規制の強化は、まだ具体化されてはいないものの、事実上金融機関の前倒し的な対応を発生させており、これにより金融面からの景気回復への刺激は極く制約されたものとなっている。
(4)  これらの事情により国内経済の需給が緩み、物価は、穏やかな上昇という政府の狙いに反して下降の傾向を示しがちとなっている。また、雇用も、総じて失業率が高止まったままで推移している。
(5)  このような物価と雇用の情勢に対して政府は、海外の需要を取り込むべく輸出の倍増を唱え、このため、公式には「強いドルが望しい」(最近の発言はガイトナー財務長官)としつつも、現実にはドルの為替レートの下落を放置し、このレートのもとでかつて見ることのなかった輸出の伸張と経常収支の相当幅の赤字縮小を実現している。しかし、この輸出増も米国経済の需給バランス上の不足を埋め合わせるには至っていない。
(6)  他方、本来の景気対策としての財政出動について政府は、当初の措置(2009年2月、7,870億ドル)に加えて、最近低所得層への対策を主な内容とする新たな追加措置を行う意図を表明しているが、これらの措置も、景気対策として財政政策には限界があるとの米国の通念どおり、はかばかしい効果を挙げていない。
(7)  他方、金融政策については、FRBは不良債権処理の先行例となった日本の経験に学び、当初から思い切った対処方針のもとに質量両面で大幅な金融緩和を行ってきた。しかも具体的な措置の都度さらなる追加措置の用意がある旨をくり返し表明してきた。
しかし、この大胆な金融政策についても、本来米国においては金融政策こそ景気対策の主要な手段とされているにもかかわらず、成果を挙げるに至っていない。その理由としては、金融政策が景気対策上の効果を挙げてきた住宅市場を通ずる経路が住宅市場そのものの崩壊によって機能しなくなっているためと指摘がされている。


2. 中国
(1)  中国は、ケ小平の再復活(1977年)以降、オリンピック北京大会(2008年)までの期間を「中国の30年」と名づけ、その間の経済発展を国民的な誇りにしている。確かにこの期間の経済成長はめざましく、この間中国は外国からの巨額の投資を受け入れて平均10%の成長を記録している。
しかし、このような高い成長の中においても、中国は問題を抱えている。まず国内的には発展した沿海部と発展が遅れている内陸部の間に見られる格差やそれに伴う個人所得の格差であり、また、発展した都市における不動産価格のバブルと見られる高騰である。次に国際的には、輸出の伸びとその結果としての経常収支の大幅な黒字であり、また、それらをもたらしているのは人民元の為替レートが安いためだと国際的批判にさらされていることである。
(2)  中国は、為替レートが安いために輸出や経常収支の黒字が大きいという国際的批判にはいくつかの理由を挙げて反発している。イ輸出が巨額になるのは、外国資本の投資によって中国が世界の工場となっていることの結果である、ロ経常収支の黒字は一時的にはGDPの10%を超えたものの今や5%台と半減している、ハ中国は輸入をもっとしたいが、米国、日本などが中国が必要としている高度技術を輸出してくれないニ人民元の為替レートが安いのはアメリカによるドルの供給が過剰になっていることにこそ原因がある、ホ人民元のレートは徐々に引き上げる努力を続けてきたが、それが中断させられたのはアメリカの金融危機のためである、ヘ人民元レートの大幅な引上げは、外国からの不動産への投資資金の引き揚げを惹起し、不動産市場に混乱を巻き起す、などがそれである。
(3)  しかし他方、中国は自らが抱える問題を正確に認識しており、それに対して的確に対処しようとしている。
内陸部の発展の遅れに対しては、金融危機後の成長の急減速に対し巨額(4兆元)の財政出動を行った際、それらを地方の公共事業に差し向け、地方都市の近代化を図っている。中国の都市化人口は、現在46%程度であり、中国政府はこれを先進国並みの70%程度に引き上げたいとしているが、その具体化はこのような地方都市の近代化によって行うこととしているのである、
個人所得の格差に対しては、2011年度を初年度とする第12次5カ年計画でも主要テーマとして取り組むとしている。
人民元安への国際的批判については、物価上昇を折り込んだ実質レートにより対応したいとしているが、これは今後取り組みたい賃金引上げによるある程度のインフレを想定しているからとしている。

3. 日本
(1)  日本は極めて厳しい状況に直面している。内需による経済成長は長期(「失われた20年」とさえいわれる。)にわたって不振のままであり、この間物価は小幅ではあるが低落を続けている。金融、財政はこのような経済状況の改善を目的として種々の対策を講じてきたが、目的とした効果をあげることができず、逆にこれらの施策の結果として、金融は通常の対応策は底をつき、財政も累積した債務は先進国中最悪の水準になっている。そのうえに最近、円の為替レートが急速に上昇し、内需の不振のもとで日本経済に唯一つ明るさをもたらしていた輸出にも急ブレーキがかかってしまった。政府は9月15日、2兆円を上回る為替市場の介入を行ったが、急上昇前の水準に戻ったのは僅かに4日間ほどの期間であり、10月には介入時を上回る相場となっている。
(2)  日本経済の問題の核心がデフレにあることにはコンセンサスが形成されている。そして対応策としては一に金融政策、二に成長政策、三に、少数だが、財政政策が唱えられている。
このうち、まず金融政策については日本銀行が累次にわたって緩和措置を実行し、現在はETF(指数連動型上場投資信託)などのリスク資産の買入れまで踏み込んでいる。この日銀の政策展開に対しては、(1)政策が小出しに過ぎ、デフレ克服のためには、もっと一挙に買入れ資産の対象を拡げるべきだ、(2)政策が日銀の資産の入れ替えに止まっているが、もっと資産を増加させるようにすべきだ、(3)ゼロ金利も効果を挙げない「流動性の罠」を脱するためには、「インフレ目標」を宣言すべきだ、などの点に批判が寄せられている。
インフレ目標の設定の主張には、それがどのような伝達経路を経て目標を達するかの説明が欠けており、その主張は専ら経済主体の心理への影響を期待することと、マクロ的な貨幣数量説もどきの断定を行うに止まる。一部にインフレ目標論のメカニズムの説明欠落を補完しようとする試みも行われているが、その企ても十分説得的でないものに止まっている。
(3)  成長政策としては、政府は「新成長戦略」を打ち出している。しかしこれは、そもそも経済産業省が2006年に発表し、その後適当な時間を措いて累次改訂しているものであり、元来デフレ対策として即効性を期待できるものではない。
 議論としては、即効性のある政策が見付けられれば、成長政策はデフレ対策の一つの回答であるが、問題は、そのような政策が見つからないことであり、また、今提唱されている政策では効果が出るのに時間を要してデフレ対策とは言えないことである。成長政策は、デフレ対策とは別箇のものであり、デフレ対策と同時並行的に実施すべきものと位置づけるほかない。
(4)  わが国の厳しい財政事情から、現在財政出動を主張する者は例外的である。むしろ、野党の一部にあるように、財政再建に道筋をつけることの主張が主流といってよい。しかし主流の主張も現在の経済状況のもとで財政再建を直ちに実施すべきとするものではなく、財政をめぐる論議は現在かなり錯雑しているのが実情である。
(5)  上記の諸事情を踏まえれば、わが国はこの際、デフレの克服のために、年限を限って政策の総力を挙げることとし、金融政策、財政政策、財政再建策、為替政策、成長政策の各般にわたる一つの政策パッケージとして、それぞれ従来路線の延長でない、すなわち、従来禁じ手として避けてきたものにも踏み込んだ対策を講じる必要がある。また、そうすることによって為替レートの変更について国際的理解のもとに調整することが可能となるものと考える。
(以上)


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