WB金融経済研究所


WB金融経済研究所 <活動報告002> PDF版(169KB)

平成23年5月11日

震災と日本経済、それらへの所感


 3月11日の東日本大震災から2ヶ月が経った。行方不明者は依然10,000名を数え、未だに遺体の発見が続いているが、他方、復旧への動きも徐々に本格化し始めている。地震と津波により損傷を受けた原子力発電所の安定化は途半ばであるが、この間の政治・経済の動きを統括し、今後の展望を試みておこう。まずは震災の犠牲者に哀悼の誠を捧げ、被災者にはお見舞の意を表すこととする

1. 日本経済は、2009年4〜6月期にリーマン・ショックから立ち直ったが、その後円高などのため2010年7〜9月期からやや足踏み状態に陥っていた。 2010年10〜12月期の前期比年率△1.3%のマイナス成長はその状況を象徴する数値であった。
2011年1〜3月期は円高の修正などもあり、経済は足踏み状態を脱し、プラス成長への転換が見込まれる状況で推移していた。
 東日本大地震は3月11日この1〜3月期が間もなく終わろうという時期に発生した。地震の揺れもひどかったが、それに伴って発生した大津波による人的物的被害が衝撃的であった。地震そのものによる被害を大幅に上回ったと見られる。また、大地震と大津波によって発生した福島原子力発電所の事故は、発生後2ヶ月を超える現在も依然終息、安定化せず、電力供給に大幅な制約をもたらすとともに、格納器外に洩れ出た放射性物質が、周辺の住宅生活環境、農地、海域を汚染し続けている。
 これらの災害による被災地域は、宮城、岩手、福島を中心として7県に及んだが、物的資産の損害は16〜25兆円程度(国富2700兆円の0.6%〜0.9%)、経済の循環面でもGDPの6%(被災地域の県民総生産のシェア)程度の経済活動が影響を受けるに止まるものと当初考えられた。しかし、その後これらの被災地には、世界シェア40%の半導体部品のメーカーが存在するなど自動車、半導体などの重要部品の供給源があったこと、東京電力(株)の電力供給が大きな打撃を受けたことなどから、震災の日本経済(ひいては世界経済)への影響は当初考えられた以上に深刻なことが明らかとなってきている。
 その他にも震災直後に一部の専門家によって唱えられた次のような諸想定が時間の経過する中で修正される動きが見られた。

(1)  震災特需が長い間日本経済を悩ませていた需要不足を補うことになり、景気に好影響をもたらすだろうとの観測を主張するものが見られた。しかし現実には、部品の供給連鎖(サプライ・チェーン)の分断や原発事故による電力の供給減から供給側にも制約が生じ、簡単にはブームは起きない。供給力との調整には今後1〜2年間もの期間が必要だと見る者さえ考えられる。
(2)  震災特需が供給力不足の条件下で発生するので,物価の上昇(インフレ)が生じるのではないかとの見方を打ち出す向きもあった。日本がようやく長い間のデフレから脱する可能性があると言うのだ。これも現実には消費者の自粛ムードや将来への不安の増大などから、需要側も縮小し、需要超過が懸念される状況は生まれていない。世界的に高騰している石油や農産物を除いたいわゆるコア・コアの物価は、わが国では現在でも依然下落傾向にある。
(3)  震災直後円が急騰する場面があった。こちらは専門家の見通しではなく、現実の市場で起った。為替市場のトレーダーたちは、日本企業が手元の円資金を確保するために海外の自己資金を一斉に国内に引き上げ、その結果円が急騰した阪神淡路大震災直後の市況の再来を想定したのだ。しかし、この思惑は、今回は日本企業が潤沢な円資金をすでに手元に保有していたため、まったく外れ、円相場は現在平常の実勢相場に戻っている。
ただ、震災直後の円急騰の場面でG-7による協調介入の合意と実行があったことも事実である。しかし、相場が平常に復した真の原因は円に対する実需が思惑ほどなかったことにあったことは明らかであろう。

 災害直後にはこうした若干のドタバタがあったが、専門家や市場関係 者の間では震災後の日本経済について震災の影響を含め、より冷静に中長期的視点から見る必要があるとの認識に収斂しつつあるようである。
 その場合日本経済のこれからについては、本年10月〜12月期以降において震災によって損傷を受けた生産設備(サプライ・チェーン)が復旧し、供給面の制約が和らぐ一方、生産設備の損傷によって一時減少した輸出の回復と震災復興需要によって景気回復のテンポが強まるというのが大方の予測となっている。


2. 地震発生前の本年2月5日、「社会保障・税の一体改革のための集中検討会議」が設立され、審議が進められている。筆者も幹事委員に任命され、審議に参加している。
(1)  この会議の設立理由は、自民党政権時代の平成21年に成立した税制改正法の附則に「平成23年度中に社会保障の財源確保と財政の健全化のための税制改革について法的整備を行う」旨の条項が置かれているため、菅政権としてもこの条項を放置無視するわけにもいかず、条項の具体化を行うための検討機関を設けたというものである。
 もとより、このような法律的理由のほか、菅政権としも政権運営のためのテーマとして他に適当なものが見付からないという政治的理由、さらには最も重要なこととして、日本の国債が辛じて市場で売り込まれないですんでいるのは、この条項の存在などに示されている政府の姿勢も拠り所となっているからであり、市場に対してはその姿勢の真面目さを見せる必要があるという経済的理由があることは言うまでもない。

(2)  会議のスケジュールとしては、当初、(@)審議のとりまとめは6月末とする、(A)ただ4月末までは社会保障改革を審議する、(B)その後において税制を審議するとともに、社会保障改革と税制改革を一体的にとりまとめる、とされた。(@)は法案化のための作業時間を十分に残しておきたい、(A)は4月の統一地方選挙の前に増税論議を避けたい、ということがこのスケジュールのミソである。
 しかし、3月11日の地震により、政権の関心は一挙に会議を離れ、震災対応に移ってしまった。検討会議の審議は、非公式の小会合で細々と進めざるを得ないこととなったが、与謝野担当大臣の粘り腰と「地震対策だけをやって、財政を放ったらかしとするのはやはり許されまい」との菅首相の思い直しにより、4月27日に至りようやく検討会議の本会合が開催された。
 4月27日の本会合には、これまでの審議の概要とともに、幹事委員による「中間とりまとめ」が提出され、審議のテンポは一挙に進むことになった。
 「中間とりまとめ」の概要は次の4点に集約できよう。 
イ、  社会保障改革の論議についてはすでに「多くの蓄積」があるので、それを踏まえ「具体的内容」と「工程表」を国民に明示する。
ロ、  社会保障の安定化のためにも、財源確保と財政再建は同時達成する必要がある。
ハ、  社会保障と経済成長は、双方向に好循環する関係にあり、いずれも欠かすことはできない。
ニ、  社会保障改革では、理想のビジョンを示し、そのうえで優先順位による選択と集中が必要である。
 上記については、イでは検討会議では新しい議論は必要でないこと(ああ、散々やらせて置いて何ということか。)、ロでは社会保障の食い逃げはダメとの確認、ニでは社会保障改革の最終の姿は一応書くことにするし、改革のためには効率化が避けられないことを宣言したと受け止めてよかろう。
(3)  「検討会議」の真の課題は、実は初めから社会保障改革の内容などではなく(統一地方選までの時間つぶし!!)、社会保障の財源と財政健全化の同時達成問題なのである。今回はそこに震災による復旧復興の財源問題がさらに加わり、まさに日本政府のマネージメント能力が問われる事態となったのである。
 現に「検討会議」においては震災後は公式、非公式の審議を通じて、一体改革の財源と復興財源とが絡み合って議論されており、現在、方向としては次の2つに分かれている。
イ、  消費税の引き上げを行い、まず「復興財源」に充て、その後「一 体改革のための財源」に移行させる。
ロ、  「復興財源」には資産課税と所得課税の一時的な引き上げ分を充て、消費税は、引き上げ分を含め、初めから「一体改革財源」に充てる。

 このうちイは、消費税の引上げはすでに大方の国民が社会保障財源として支持しており、今回の震災の復興財源としてならば余計に国民の同意を取り付け易いと考えられるというものである。加えて、イの考え方をする者の一部には、震災復興も広い意味では社会保障の一部ではないかとする考え方があるようである。しかし、一度復興財源に充てられた消費税をそう簡単に一体改革財源に移行させることが可能か、また特に復興も社会保障の一部というように社会保障の観念を曖昧にすれば、いつまでも消費税は社会保障的復興から足が抜けなくなるのではないかという重大懸念が存在しよう。
これに対してロは、一時的財源には一時的な収入を充てるという原則を貫くほか、最近の所得資産格差の是正に資する点や国民経済的に財蓄部分を消費投資に回す効果を期待できる点がメリットになろう。


3. 地震対策については、応急対策と中長期的な対策の二段構えの取り組みが必要であろう。応急的には瓦礫の撤去、仮設住宅の建設、農地からの塩分除去などであるが、これらに要する補正予算については5月2日国会両院で全会一致により可決成立している。より中長期的な取り組みが必要となる復興については、政府は「復興構想会議」を設置し、検討を進めることとしており、計画ができ上がるに応じて予算化していくとしている。一方、「会議」では第一段階の復興計画を6月末までにとりまとめるとするとともに、財源問題については、現在のところ政治に委ねるべきとしているようである。

 震災対策論議のこれまでの進め方については、次の二点が気掛りといえよう。

(1)  先に成立した補正予算(いわゆる復旧対策分)の財源の一部としてすでに本予算に計上されていた基礎年金の国庫負担の増加分が転用された。この財源を国債に頼ると、特例公債の増発になり、未だ成立していない「23年度特例公債法案」との関係で紛糾することが懸念されることから、この転用の措置が取られたようである。しかし、震災対策はいずれ税収で賄われるべきであり、その収入が間に合わなければ、それまでの間「つなぎ国債」(長期国債でない短期のもの)で手当てすべきであるが、そうだとすれば、今回の補正予算財源(すでに「埋蔵金」を充ててしまったと考えられる。)をいかにして「つなぎ国債」によって置き換えるのか、問題が残ったと言わざるを得まい。
(2)  「復興構想会議」などの人事も異様である。構想会議の正・副議長及びそのもとの検討部会の部会長がいずれも政治学者であり、経済学者などが一名も指名されていない。震災当時、菅首相がにわかに後藤新平の勉強を始めたとの報道がなされたが、そんな軽々しい思い付きからの人事とすれば大きな問題である。今回の復興計画は被災地が高齢化・過疎化の進行している東北地方であることを踏えて構想されなければ、過剰投資の過ちを犯す懸念は大となろう。

4. 最後に原発事故についての筆者の所感は、次のとおり。

(1)  事故後に見聞した各方面の有識者の所見のうち、最も共感したのは4月11日付日経朝刊文化欄に載った歌人・岡井隆氏の次の歌であった。
「原発はむしろ被害者、ではないか、小さい声で弁護してみた」
この歌「被害者」に対する「加害者」として作者はだれを考えているのであろうか。大地震・大津波の自然の猛威か、次のAに挙げる日本国民の欠点か。
(2)  自分を含めて日本人は危機に正面から向き合わないという欠点をもっているのではないか。事故を想定して準備訓練をしようとすると、「安全と言ったではないか」と反発し、準備訓練を行えないようにし、また、実際行わないですましてしまう。今回ロボットにせよ、特別防護部隊にせよ、米国の支援体勢を見て、この程度のものが日本に準備できていなかったことを日本の技術的な遅れのせいだと考える人は日本にだれひとりいまい。要は、日本人の意識があんなものさえ作らせ、訓練させることを妨げているだけなのだ。
(了)


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