WB金融経済研究所


WB金融経済研究所 <活動報告005> PDF版(118KB)

平成25年12月27日

大激戦


1. 日本経済は、昨年末からの安倍政権と本年4月からの黒田日銀の采配による政策運営の中全体として明るい方向への期待のもとに推移している。しかし、状況を詳しくみると、局面によっては批判派の主張どおりになっているところもあり、来年の時間が進むに連れ政権側の目論見と批判派の主張との大激戦になる気配のようである。
 ところで、先達て22日にNHK-TVで安倍政権のリフレ政策が始まった頃の映像が幾コマか流れた。その中に筆者自身が関与していた頃のシーンもあったので、当時の記憶が鮮やかに脳裏に甦った。
 筆者は、わが国の金融機関が保有する資産の減価に悩まされていた頃、金融行政の責任者であったこともあり、デフレの苦しみを身を以って経験した人間である。また、税制改革に携わった者として、デフレ経済のもとでは財政の健全化など無意味な空論に終ることも、つい最近も思い知らされたことである。それだけにデフレを何としても克服したいと思い詰めており、もしそれが可能ということであれば、悪魔と手を結ぶことも敢えて辞すまいとの思いがあった。
 とは云え、安倍政権発足前の論議では、筆者はリフレ派の言い分には賛成していなかった。彼らは、日銀によるインフレ目標の設定とそれに沿った金融緩和によって、デフレ克服が可能と主張したのであるが、筆者には、インフレ目標と金融緩和がいかなる経路によって政策目的の実現に結びつくかについて納得できる説明だとは思えなかったからである。
 それが安倍総裁が2012年11月17日の講演で「国債の日銀引受けも辞さない」と述べたと報じられた時には、筆者は虚をつかれた思いであった。口では「何でもやりたい」と言いながら、自分が禁じ手としてはなからそれを除外していたことを内心恥じたほどである。安倍発言はまさに「白猫でも黒猫でも鼡を取る猫は良い猫だ」の日本版だと思えたのだ。
 その後の実際の展開では、黒田日銀総裁は国債の日銀引受けを「金融からの財政支援はしない」と明確に否定した。しかし、安倍総理自身はまだそれを明確には否定していない。筆者は、現在の安倍政権の政策には状況次第では日銀引受けの発動もあり得るとの含みがあり、デフレ克服を実現しようとする強い決意が秘められていると思うゆえに、これを支持しないわけにいかないと考えるのである。


2. 冒頭に述べた大激戦が予想される局面を三つに絞って概要を述べてみよう。
  (1) 金融緩和の波及経路
 デフレ克服のために中央銀行がインフレ目標を設定し、目標達成に向けて金融緩和をやるべしとの主張はリフレ派と呼ばれる。
 これに対してこの政策に疑問を呈する批判派は、中央銀行がやれるのは民間金融機関がもつ金融資産を買い取り、その代価を中銀にある金融機関の(当座)預金口座に振り込む(あるいは中央銀行券を交付する)ところまでである。デフレ克服のためには、そこからさらに進んで民間金融機関が資金を「貸出」などの取引を通じて民間企業や家計に供給される必要があるが、中央銀行の力はそこまでは及ばない。資金が企業や家計に流れるかどうかは、設備投資や住宅投資に対する彼らの需要いかんで決まり、その需要がなければ政策の波及経路は途絶えてデフレが克服できないのではないかと考えるのである。
 それでは、わが国で現在起っていることはどうか。日銀による金融機関からの資産(主に国債)も買入れは計画通り進んでいる。しかし、そこから先に企業や家計まで資金が流れているかと言えば、批判派の主張も当たっていないわけではないのだ。企業の設備投資が金融緩和に反応し、増えるはずなのに力強くない。さらに異次元の金融政策によって円安が進み、本来なら輸出が増加して生産増強のための設備投資が盛んになるはずなのに、それがそう進んでいない。そのため、日銀の供給した資金の多くは未だに日銀の中に止まっているのだ。
 今後ここに大きな変化が生じるかどうか、相撲の解説ではないが「目が離せない」ことになっている。

  (2) 賃金の行方
 そもそも批判派はデフレの原因として、中国を初めとする社会主義経済が市場経済に参入したため、低賃金の労働力が一挙に増加したことが大きい(もう一つは土地の価格)とする。すなわち、低賃金労働の市場への参加により、わが国のような先進国の労働賃金が下押し圧力を受け、賃金の上昇が抑えられたことがデフレにつながったとされる。
 現在金融緩和を進めているリフレ派の人々も、今後デフレ克服が実現するためには、賃金の上昇が不可欠であるとしており、リフレ政策のプロセスの中では賃金上昇を重視している。現に安倍首相自身は、本来労使間の交渉による決定に委ねるべき賃金に異例とも言うべき介入をしているほどである。
 先に述べたとおり、異次元の金融緩和政策は大幅な円安を生んだ結果、輸出数量の伸びは見られないものの、企業収益は輸出企業を中心に過去最高のレベルとなっている。企業の体力の面からすれば、賃上げは十分可能と考えられるが、設備投資と同様、将来の需要見通しに慎重な企業の姿勢から、年明け早々の春闘がどうなるか、予断が許されないのである。

  (3) 安定したインフレは起こるのか
 年末12月の政府の「月例経済報告」では、「デフレ状況ではなくなっている」とした。これは「デフレ状況ではなくなりつつある」とした11月よりデフレの否定をさらに強調したとしているが、「またデフレに陥らないとまでは言えない。したがってデフレ脱却宣言ではない」とのことである。
 来年の見通しについても政府は民間より強気に消費者物価指数の変化率を消費税の引き上げを含み3.2%としている。リフレ政策の成功に向けて明るい期待をもっているということである。
 これに対して批判派は、現在の物価の上昇は、円安等が反映した輸入石油製品などの輸入物価の値上りに起因したものに過ぎず、リフレ派が期待するような需要の強まりによる本来の物価の上昇などはないとするのである。
 「消費税の引き上げもあり、物価の比較はあいまいにならざるを得まいが」消 費税抜きで1%をかなり上回る推移を辿らないと政策の当否が問われることになろう。


3. 総じて需要のための構造の弱い経済の現状を改善するためには、成長政策を断行することが必要なことは、リフレ派、批判派ともに意見の一致するところである。リフレ派は、それが実行され、効果を上げるまでのいわば「時間を買う」方策としてリフレ政策が必要であるとし、批判派はリフレ政策は有効でないのに、大きな弊害が後に残ると主張するのである。
 成長政策として何があるか。成長には資本、技術進歩と並んで労働人口の増加が必須とされる。ところが、わが国は移民政策には極めて慎重で、移住的な滞在を認めるのは、高度能力人材に限るとしており、この条件がかなう既成の人材を求めることは例外的にしかかなえられまい。筆者はまず留学生として潜在力の高い若者を受け入れ、彼らのその後の成績をみて希望者に移住を認めていくことを一つの方策として提案しているところである。

(了)


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