WB金融経済研究所


WB金融経済研究所 <活動報告006> PDF版(118KB)

平成26年12月26日

2014年年末の経済情勢と課題


1.「日本経済がデフレ的均衡から脱し得るかどうかは暫く様子を見るほかない。成功するか失敗するかの見極めが付けば、市場は一挙に動くだろう。」
 これは、筆者の親しい米国の有力エコノミストから届いた最近のリポートの要旨である。日本経済の足取りはもたついており、ここ暫くの間は分水嶺が続くとみるというものだ。


2.@2014年の四半期別GDPの動きは、5.8%(1〜3月)△6.7%(4〜6月)△1.9%(7〜9月)であった。1〜3月こそ消費税の引き上げを前にした駆け込み需要により高いプラス成長となったものの、4〜6月は反動減での大幅なマイナス、7〜9月も4〜6月の不振を引きずっているという状況であった。4〜6月に売れ残った在庫を調整するために、在庫投資減(△2.5%)となり、これが連続マイナスの成長をもたらす要因となった。
 14年の第4四半期がどうなるかについては、さすがにプラス成長には転換すると見られるものの、回復は力の弱いものに止まりそうである。
 Aまず、GDPの60%を占める消費であるが、自動車、家電などに持ち直しの兆しがみられるが、今後に向けての消費マインドが弱気なのである。よく指摘されるように被用者の名目賃金は上昇しているが、物価の上昇に追いついていない(実質賃金がマイナスとなる)のが問題とされるが、それよりも、長期に及ぶデフレの経験によって、わが国の消費者が物価が上ることに対する耐性(慣れ)が極めて脆弱化してしまっているのではないかと思われる。それを考えると、家計消費が物価上昇耐性を取り戻し、力強く回復するには、かなりの時間がかかることにならざるを得まい。もう一つは、地方の経済の問題である。後に述べるとおり、円安になったにもかかわらず、予想に反して輸出が伸びない。その背景には円高の時期に工場の海外移転が進んだことが指摘されているが、地方は経済がこの企業移転によって空洞化し、疲弊し切ってしまっているのである。地方にあっては、賃金の上昇が物価の上昇に追い付かないどころではなく、賃金の上昇そのものが考えられない実情なのである。これら二点を考えると、株価の上昇の恩恵を享受した高所得層の消費の増加はあろうが、消費拡大の本格化は総じて容易でないであろう。
 B住宅建設は、着工ベースで消費税増税に伴う駆け込みの反動減に下げ止まりが認められる。ただ今後の見通しについては、建設費の上昇や建設労働者の不足が制約要因とならないかに注意する必要があろう。
 C設備投資は、傾向として横這い状況であり、対象は更新投資が中心である。企業収益は悪くないが、企業においても先行きの業況判断の慎重さが反映していると見られる。ただし、設備投資計画は過去平均に比べ高い水準を示している。
 D公共投資は累次の経済政策を反映して底固く動いている。
 E貿易では、まず輸出数量に予想外のことが起り、その状況がそのまま続いている。過去においてはこれだけ円安になれば、価格競争力が強まり、輸出数量が大幅に伸びるのが通例であったが、今回はそうならずほぼ一貫して横這い状況となっている。一つは、先に述べたかっての円高のもとで企業の海外進出が盛んだったことの影響であり、いま一つは海外の経済の動きが弱かったことが反映している。今後は米国経済の回復が力強くなり、それが他の国に波及することも期待されるが、EUと中国にまで及ぶかは楽観できないであろう。
 輸入の数量も横這いである。輸入は金額(円)ベースで原油の値下がりが急速(9月以降30%)でこの間の円安(同15%)を打ち消して、余りある減額となるなどにより、全体として横這い状況となっている。


3.上記のとおり、昨年4月以降の日本経済の回復ぶりは捗々しくない。金融の異次元の量的質的緩和とその追加措置にかかわらず、貸出の増加や設備投資の増勢は鈍いままである。金融緩和が景気回復につながる最重要の経路が充分に機能していない。
 他方、財政の赤字縮小の動きも、本年4月からの消費税引上げは実施されたものの、来年10月からの再引上げは1年半先延ばしされ、2015年度における基礎的収支の赤字半減という計画の実現も疑わしくなってきている。
 このような状況の中で今月16日付の独有力紙(フランクフルター・アルゲマイネ)は日本が20年以上にわたって大胆な金融緩和と財政出動に取り組んできたが、未だに不況から脱出できていない。」とし、現状を「日本の失敗」と断じた。冒頭の米エコノミストの言葉と重ねて考えれば、日本はかなりの危機(リスク)の中にいるという自覚(危機感)を持たなければならないと思う。一旦政府や日銀が市場から信頼を失った時の怖さは1990年代末の不良債権問題で経験済みである。否、情緒的な「怖さ」を云々するつもりはない。混乱を整理するために莫大なコストを払わなければならなかったことを馬鹿々々しいと思うのである。
 この混乱によるコストを避けるために、日本は現状に対してもっと真面目な危機感をもち、それに基づき危機克服のために真剣な努力をしなければならない。ここで思い起こすのは、ドイツのシュレーダー前首相のことである。彼は「もう待ったなしだ」という危機感のもとに「アジェンダ2010」という改革の目標を作った。その改革は社会民主党がそれまで主張してきた労働福祉政策の方向を覆すもので、彼の党を支えてきたドイツ労働総同盟を間違いなく激怒させるものであった。(筆者はその怒りの並々ならぬことを当時偶然東京を訪ねてきた総同盟のトップから聞いた。)シュレーダー氏はその怒りを理解したが、「国家のためには、これを実行しなければならぬのだ。選挙で敗北することも覚悟のうえだ。」と述べ、間もなく行われた総選挙では覚悟どおり敗北した。
 しかし、その後ドイツ経済は蘇えり、シュレーダー前首相は今や国民から高い尊敬を集めているのである。わが国においても、日銀の政策で時間稼ぎをしている間に構造改革を断行することが待ったなしに必要なのである。
(了)


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