WB金融経済研究所


WB金融経済研究所 <活動報告007> PDF版(120KB)

平成27年12月25日

2015年末の経済情勢と金融界の動き


 1.米国のFRBが12月16日、公開市場委員会(FOMC)で予想どおり、政策金利ゼロの金融政策を改め0.25%の引き上げを決定した。米国はリーマン・ショック後の2008年12月に量的緩和と同時にゼロ金利政策を導入し、経済の落ち込みに対処してきた。2014年10月にはバーナンキ議長のもとで量的緩和を停止し、ゼロ金利の解除は後任のイエレン議長の手に委ねられていた。イエレン議長はもともと労働経済学の専門家で、金融政策の判断に当たっても雇用情勢を特に重視していると言われてきたが、10月の新規就労(農業を除く)の伸びが3カ月ぶりに20万人を上回る27万人と大幅になり、失業率も5.0%と米国の自然失業率に近い水準にまで低下したことから、12月のゼロ金利解除は大方が予想されていたものである。
 しかし、米国経済全体をみると、「悪くはないが、リーマン・ショック以前の力は回復していない」、「緩やかな回復」とのここ暫く言われてきた状況は特に改善しているわけではない。イエレン議長が雇用に加えてもう一つ注目してきた物価の上昇は1.8%〜1.9%(食品・エネルギーを除く。)に止まっており、またGDPの伸びも2.1%(実質)程度である。したがって、今回のゼロ金利解除が米ドルの高騰を招き、そのため、米国の輸出にマイナスの影響を与えたり、新興国からの資金の流出をもたらすなどの米国内及び国外に悪影響が出る懸念は否定できないであろう。
 それにもかかわらず、FRBが金融政策を転換したのは、これまで行われてきた金融緩和が従来伝統的に実施されてきたものではなく、極めて異例なものであるため、できるだけ早く正常な領域に戻っていきたいとの考え方に出たものと思われる。
 金利ゼロとそのもとでの金利体系では、金融政策上さらに金利を引き下げようとしても、その余地はない。したがってゼロ金利を解除して、金利の引き下げ政策の余地を少しでも確保しておきたいとするのは当然である。
 また、量的緩和も昨年10月以降停止されていたが、量的拡大の政策が取られている間に積み上った保有資産はそのままの水準で維持されている。すなわち、保有債券が満期になって償還された場合には、それと同じ額の債権が新たに購入されることになり、保有資産の額は維持され、金融の緩和水準は変らないままとなっている。したがって、保有資産はいずれ売却(満期償還も含む)し、金融市場の正常化を図らなければならないが、この「出口」の問題(金利上昇)をどのように処理していくか、大きな課題として残ったままとなっているのである。

 2.EUはユーロ圏を中心にして、米国発のリーマン・ショックの被害を受けたが、2015年には銀行部門の健全化に道筋をつけた。また、同年露見したギリシャの財政悪化については、EU委員会、ECB(欧州中銀)ら3者による救済策が段階的に発動されることが決定し、すでに一部実施に移され始めたこともあり、一時の不安は解消されつつある。
 ECBは従来の米国同様、金融の量的質的緩和を実施しているが、ECBの場合、ドイツ、北欧諸国が金融緩和に対して厳しい態度を取っているため、米国と同じ政策とはいえ、そこには一定の抑制が作用している。

 3.中国は12月21日恒例の「中央経済工作会議」を終え、インフラ向け財政出動、企業減税により景気の下支えを図るとともに、地方政府の債務管理を厳格に実施し、地方及び、金融システムにおけるリスクの発生を防止することを決定した。
 中国の経済成長率については、2016年3月の全国人民代表会議で正式に決定されるが、工作会議では16年度を初年度とする新5カ年計画の期間中は、最低でも6.5%を死守するとの方針が示されている。
 中国経済の実態については、GDPよりも鉄道貨物輸送量、電力生産量及び、銀行貸出額を合成指数化した「李克強指数」がより正しい指標とされ、それによると2015年第3四半期では、2.6%にまで不振に陥っている。
 最近におけるこのような中国経済の急減速の理由については、リーマン・ショック後における4兆元の経済対策の失敗が大きいと見られる。このとき中国は、中央と地方、都市と農村の格差是正を目的として、地方政府に対して都市化投資を求めたが、それらが需要と適合せず、過剰投資の結果となった。中国では、都市人口の比率が重要な指標となっており、筆者の2010年訪中時にも「中国の都市人口はまだ47%であり、地方に小都市を建設することにより、都市人口を先進国並みの70%に引き上げる。これを考えると中国の経済成長は今後20年間続くと見込んでいる。」とのことであった。このような考え方でリーマン・ショック後の経済対策が行われたと想像されるが、その結果が現在中国を悩ませていることは、冒頭で述べた工作会議の内容を見ても明らかである。
 この問題をいかに克服するか、中国の経済政策の手腕が注目されるが、付言すれば、上記の都市化の指標について李克強は今なお重視しているとのことである。

 4.日本では、米国、ユーロ圏と同様、引き続くデフレ傾向を収束させるため、2012年4月から黒田日銀総裁のもとで「異次元の質的量的金融緩和」と呼ぶリフレ政策が実施されている。政策目標は2年間で2%の物価上昇を実現するということであったが、3年近く経った今日においても目標に到達できていない。リフレ政策の導入直後には人々の心理に大きなインパクトを与え、円安と株高が急速に進み、その影響により、企業収益は大きく伸張した。しかし、物価は(CPI)は昨2014年4月の1.5%(除く消費税)をピークに徐々に伸びが縮小し、目標とする2%とは乖離したままとなっている。ただこれはエネルギー価格の大幅下落の影響が大きく、生鮮食材品及びエネルギーを除いたいわゆるコア・コアの消費者物価は2015年を通じ徐々に上昇。8月で1%程度の上昇とはなっている。
 リフレ政策は本来、政策によって企業・家計ともにインフレ期待が生じ、その心理が企業・家計の投資と消費を増大させるというものである。このあるべきシナリオに対して現実は政策効果の発現に想定以上に時間がかかっているということであろう。
 経済政策を総合的に考えるべきとすれば、投資・消費の増大を徒らに金融政策の効果発現のみに期待するのではなく、同時併行して成長政策を遂行することが強く求められていると思われる。
 この点の関連で指摘したいのは、フィンテックの発展と日本の対応の遅れである。
 筆者が請われて米国ペイパルの関係者を金融庁に案内し、資金決済法を立案中の担当官に紹介したのは2007年であった。金融サービスをIT活用の視点から観察した上、金融サービスをITにより刷新することがその後いかに目覚ましい展開を示しているかを見るにつけ、わが国産業界全体の迂闊さを嘆かずにはいられない。今頃人材を求めてシリコン・バレー詣出をしているようでは、周回遅れと言われても反論できないのだ。
 金融政策については、わが国は米国に追随しているだけに、イノベーションの分野でも米国に追いつき追い越す気概と実践とが求められていると思う。
(了)


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